「うわっ」

廊下を歩いていたら足から力が抜けて、カクンと転びそうになった。

でも床に手が付く前に私の身体はとまる。


「ったく、なにやってんだよ。」


上から声がしたから上を向けば私の腕をとってくれてるキミ。



ああ、キミが助けてくれたの?




「えへへ・・・ちょっと力抜けちゃった。元親、ありがとね」

「いいってことよ。でも最近お前体調悪いまんまだよな・・・」

「そんなことないって」







へらり、と笑顔を作ってみるけれどちゃんと私、笑えてるのかな?

それでね元親。

私は体調が悪いんじゃないの、もう時間が来てるんだよ。

だから、実際はキミの顔も少ししか、見えないんだ。



私が笑えば、元親も笑ってくれる。

でもさ、辛そうに笑うの。ねぇ、どうして?

キミが辛そうだと私も悲しいよ。








「元親、何か辛いことあったの?笑顔、辛そうだよ。」

「何でもねぇよ。気にすんな」


そう言ってキミは私の頭に大きな手を乗せて撫でる。

くすぐったいけど、優しくて温かくて安心する。









「じゃあ、私部屋に戻るね?」

「ああ、また後で菓子持っていってやるよ。」

「ホント?楽しみにしてるよ」


私は部屋へ戻るために廊下を進む。

ただその一歩が重くて、進みたくないなんて思ってしまうんだよ。

フラフラとしながら戻っていくのを、元親が見てるなんて気付きもしなかった。









「・・・何で無理してまで笑うんだよ。

俺には泣き顔見せれないってのか・・・くそっ!何で、何でアイツが・・・!」





俺はもうがそう長く居られないことを知っていた。

昔から身体が弱かったらしいが、ここ数年でどんどん蝕まれて

今では手の施しようが無いほどになっているらしい。

それで時間が近いからなのか、の眼も光を写すことを拒み始め、色の無い世界を見ている。

まだ、十六歳という若さでそんな悲しい病と闘いながら、笑顔を浮かべている。

今にも壊れそうなほど、儚く脆い笑顔を。

お前は自分の笑顔が悲しそうになってるのを知っているか?

悲しい笑顔を貼り付けたは決して人前で涙を零そうとはしなかった。

理由なんかはしらねぇ、でも全てを一人で抱え込んでるんだ。


幾らその辛さを和らげてやりたいと思って手を差し伸べても、その手が取られることは無い。

多分、今も、これからも。

















「、入るぞ?」

「うん、いいよ。」





部屋に入ればは元親が入ってきたほうとは逆の襖を開け、そこから差し込む日溜りの中に居た。

前は書物ばかり読んでいたのに、それすら出来なくなっているとは思わなかった。




「ほら、お前が好きだって言ってた南蛮菓子が手に入ったんだ。食うだろ?」

「もちろん!」




さっき浮かべた悲しげな笑顔をは真逆の季節はずれの向日葵が咲いたような笑顔。



お前には、その笑顔の方が似合ってるんだ。

なぁ、いつまでもそうやって笑ってろよ。




元親もの横に腰を下ろし、菓子を渡してやった。


「えへへ、おいしー♪」

「よかったな。」

「うん!」








と元親は菓子を食べながらも他愛の無い話で盛り上がっては笑うことをくり返していた。


「ねぇ、元親・・・・」

「どうした?うぉっ!?」


私は元親の胸板に顔を埋めるように抱きついた。

背中に手をまわし、キュっと力を入れれば元親も抱きしめてくれる。



「あのね、全然いえなかったんだけどさ・・・」

「・・・・」


多分、これを伝えとかないとこの後で伝えることが出来なくなるからね。

本当なら、ずっとずーっとキミの隣でキミが作っていく国を見たいんだよ?

でも、本当に時間が迫ってきたんだ。







「私、もう長くないよ・・・・?だってね・・・」




もう殆ど見えなくなってるんだ。

靄が掛かってて、キミの顔が少し見えるくらい。




「言わなくていい。なぁ、時間がないなんて嘘だろ?いつもの冗談だよな。」


ああ、キミにしては悲しい声。

そうさせてるのは、私だけれども。







「違うよ・・・もう、見えなくなってきたんだ。ねぇ元親最期のお願いと我が儘言っていい?」

「・・・・・・・・ああ。言えよ、最期なんて嫌だがな」










「ん、じゃあさ・・・・どうか笑ってくれない?そして、たとえこのまま私が死んでしまったとしても・・・

キミは泣かないで、笑ってくれる?私ね、元親の笑顔、好きなんだよ。(ホントはキミが好きだよ)」







「ホント、は我が儘だな。いいぜ、叶えてやるよ。」

元親はなるべく悲しみが混じらないようにしながらに笑った。


「ありがとう、元親・・・・」

も笑って、抱きついていた腕に力を入れた。



どうか、キミを、キミの温もりも匂いも腕の感触も全て忘れないように。

もう一度どこかで会うために覚えさせて。















次第に抱き合っていた腕の力が弱くなるのを元親は感じた。

スルリと水が落ちるように容易く俺を抱きしめていた腕から力が抜け、畳に軽い音を立てて落ちた。



「・・・っ」



悲しい、泣いてしまいたい。

今まで無かったくらい胸が締め付けられている。

そのまま、俺の心臓をも握りつぶしてくれればいいのに、なんて片隅に思ったけれどまだ願いを叶えてない。





「・・・・、絶対にまた迎えに行くからな・・・忘れんなよ」



もう、俺の名前を紡がない、冷え始めた唇に己の唇を合わせて笑った。



お前は居なくなっちまったが、幸せだったか?俺はお前に何か与えてやれたか?

もしそうなら、俺の胸の中で色褪せずに笑っていて欲しい。

それが、俺がお前にいう最後の我が儘だ。








たとえ、私が死んでもキミは笑ってくれますか







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