知らぬうちに望んでいたことがあったらしい。










始めに、あの女を見かけたのは孟徳の後宮に行ったときだった。

孟徳の女にしては質素で、女官にしては美しすぎた。


いや、服装などは美しいというほどのものでもなかったし、

顔も女官なら、そこらへんにいるであろう顔だ。


しかし、何か惹きつけられる様な雰囲気を持つ女だった。




通りすがりに、挨拶として頭を下げられたが、

その姿にさえ何かを感じられずにはいられない、不思議な女。











名も知らぬ女と再会したのは、今さっき。



茶と茶菓子を持ってきたのが、その女だった。











「・・・・・・元譲?どうかしたか。」



「む?・・・・いや、何でもない。すまなかったな。」




俺は何をしているのだ。


今は、主である孟徳との時間であるというのに。





「珍しいではないか。お主が何かに惚けるというのは。ふむ、さきの女官か?」




ようやく、お前も女に興味を持ったか。と笑う主。








「ありえん。」





そう言ってみるけれど、自分自身で本当に違うと否定しきれていない気もする。



多分、鋭い孟徳は、否定しきれていない、曖昧な感情を見抜いているだろう。

だから、楽しそうな笑みを消すことも無い。



「まぁ、お主が好こうと関係ないが、ついでに聞いておくがいい。もしもの為に。

あやつはと言ってな、あれでも腕の立つ女。副将くらいの働きはする。

だが、あの顔に傷をつけるのも惜しい。だから普段は後宮で女官をしておる。」




「・・・・あの、女が?冗談が過ぎるぞ、孟徳」


「嘘だと思うなら、お前の軍に入れてみればよい。どこにも属さぬ女だ。」



可笑しそうに、言いながらもさっさと行動しろと言わんばかりに退出を命じられた。

















「だが、この時刻に後宮に行くのは好ましくないな・・・・」



そう、今は月が気高く光を降らせる、闇の刻。

そのような時刻に、主の後宮に入るというのは、疑わしいだろう。



従兄弟だからと、誰も口にはしないだろうが。






夏侯惇は、明日出直せばいいだろうと考え、後宮とは逆の方向に足を向ける。

帰るといっても、邸に、ではなく城にある自室にではあるが。



使い慣れた部屋に戻り、寝台に身体を預ける。




あまり深い眠りにはつく気はないが、それでも睡眠を欲する身体の望むままに。

ゆっくりと思考を闇の海に沈めた。






















「夏侯惇様?」




「お前は・・・だったか?」



「不思議なことを言われますね。自分の女の顔すら覚えになられてないので?」





きょとんと、そして、おかしいと笑う女は、あの女官。

俺はいつから、彼女を自分のものとしたというのか。




「・・・女、か。」



これが本当でも、夢でも、目の前の事実に甘えてみてもいいだろうか。


何より大切にしていた、従兄弟、主の話でも惚け考えた女を、自分のと言って。








「しかし、分からんな。」


「何がでしょう?」


「お前が、俺の女であること。あと、俺がお前に惹かれてしまう理由だ。」



「前者は簡単ですよ?私が、夏侯惇様を好いている。それを夏侯惇様が受け入れているだけです。

けれど、後者は私には分からないです。私も不思議と思うていましたし。」




すらりと、好きだと言うを、とても愛しく思う。


やはり孟徳に否定したのは、嘘であったらしい。

それを言えば、当たり前と言われてしまうのだろうが。





「そうだな。お前の凛としたもの、他の女のように媚びぬところかもしれぬな。」



「まぁ、私だって女ですから、皆のように装飾は好きですよ?

ただ、支給される分で買えるので、媚びたり強請りはしないだけで。」



「そうか。」




小さな沈黙が生まれるが、居心地はいい。

ふわりと腕に、しな垂れかかるのは、好いた温度。



そのまま抱きしめ、額に口付けを降らせた。

















「夏侯惇様?」




また、名を呼ばれる。


これは、続きか?


「お前は・・・だったか?」




しかし、そう現実は甘くないらしい。


「はい。私のような者の名を知りいただけてるとは、光栄です。」





相変わらず、笑うのだが、あの甘さはなかった。









夜明けに脳は再生される





「曹操様がお呼びですよ。何でも、昨日の話の続きを聞かせて欲しいそうです。」


「何?・・・・・やはり、バレておったか。」


まぁ、暫くはこのままでもいいかもしれない。










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