○ 戦前の清め水 ○







話が進む中で一条をまず滅ぼすことが決まった。

と言っても、まだ家臣との軍議が最終決定となるのだが。



「じゃあ、今から準備しても兵を挙げれるのは年明けだね・・・猶予は半年か。」



「そうなりますね。殿を迎えるにあたっては、こちらでも兵を用意しますが・・・以前の者を集めましょうか?」



「いや、まだ歩兵の奴らでいい。ただし、根性のある者を。後、渡畝を貸してくれ。」





別に昔の奴らが嫌いなわけじゃない。


寧ろアタシにとっては、気が合う奴らだけれど、歩兵の力を伸ばさなければ兵力を補えない。



半年・・・半年あれば歩兵は何とでも成長できるもんだ。






「おい、はそんなんで戦を乗り切ろうってのか?」


「そうだよ、聞こえなかったかい?チカちゃん」






「・・・・・・・・死ぬぞ?」




アタシだって死ぬかもしれないとは思う。だけれども、他の隊の戦力を大きく削ぐのは危険。

まだ歩兵の戦力なら、他の隊から多少もらっても大丈夫な範囲だと思う。




「死なないよ。アタシはそう簡単にやられないもんで。それに死を恐れて戦ができるかい?」




そう、アタシは覚悟出来てるんだよ。

アンタの為に、戦場に出る覚悟は昔から変わらないんだ・・・・

この生ある限り、武を捨てることはありえないと。




「それじゃあアタシは失礼するよ。親貞、兵の準備できたら店に渡畝と兵を送ってくれ。」


は不敵な笑みを浮かべて部屋から出るために立ち上がった。


「その時はアタシが直々に育ててやるよ。渡畝が育ったようにね。」



そのままケラケラ笑って部屋を出て行った。








「・・・・相変わらずなアネキだな」

「親泰、殿がしおらしくなったら怖いと思いますが。」

「確かに。じゃあ兵の調整行ってくる。アニキも来ますか?」


「ん?・・・・・あぁ。」




親貞は、元親と親泰が退室した後も、ゆっくりと地図を見て―正確には視線を置いているだけだが―喉で笑う。



「兄上も少しは頑張ってるみたいですね。さて、渡畝殿にも兵を選んでもらいましょうか」
























城を出て、ゆるりと家まで歩く。

こんなにゆっくりと時を過ごすのは今日が最後か。



「また、海でも行こうかねぇ・・・・よし、久那に伝えて行ってこよう。」



はそのまま、店で久那に海に行ってくるとだけ行って、海へと向かう。


久那に「さん、こんな時にですか?!何を考えて・・・!」なんて小言を貰ってしまったが、

今日で最後なんだ。暫くは行けないんだから許してくれよ、な?








海にいけば、海は時の淀みなどを知らないと言うように澄んでいて、


戦は小さきモノと言わんばかりに、穏やかにこの乱戦続く国を覆っている。



「清めの海ってトコだね、今日は。」




上着を脱いで、身を海に躍らせる。


すっと身体を冷やし始める水ですら、今日はどこか柔らかい。






水中で漂い、上空を見上げればそこに見える幻想的な世界。



水という幾十もの膜が硝子のように光を散乱させて、光の帯を生み出すのは美しくて。


軽く息を吐いてみれば、口から出た気泡は幻想的な世界を乱しながらも、通り抜けて空に消えていった。



ゆらゆらと、まるで万華鏡のように姿を変えるのを見ていたいけれど、人間である以上は、息が続かなくなる。



こんな時に死んでられない。死んで海に還るのは嬉しいことではあると思うけれど。


水面に出てみれば、水中とは違う青が広がっている。







「・・・この青が続けばいいんだけどな。」








だけど、空も海ですら青を保つことは無い。


空は時が来れば毎日、赤く染まるし、海は嵐では濁る。

大地から海に水を流す川すらも、戦で血が流れ赤くなったり、土砂で濁る。



青に限らず、この大地も血を多く飲み込んでいるのだ。

その悲しい事実に、溜息をつき、再び水中へと身体を沈めた。

















「・・・あれ、アネキ?」



兵の選別をしたあと、元親らはそのまま船にきていた。

甲板から見えたのは、水と戯れる女。



まるで尾ひれがあるように、ゆるりと力強い泳ぎはどこか人間ではない感じをさせる。



独特の髪色も、さらにだ。






「親泰殿、どうかしたのか?」


「ん?ああ、アニキに渡畝・・・あそこに居るの・・・アネキだなーって。」



「・・・また、あの馬鹿。まぁ、明日からは調練とかで忙しくなるからだろうな・・・

、あれでもいろいろ考えてるし・・・。面倒なことになりそうだ。」




「・・・・。」



「元親様、どうかされましたか?」







全く反応を示さず、水と戯れるを凝視していた。









あの、人間離れした泳ぎを・・・・昔、どこかで・・・。

何時だ・・・?

まだ思い出せねぇ・・・姫若子の頃の、一部が欠けてやがる。




何かを思い出せそうで、思い出せないもどかしさに翻弄されながらも、今は戦に集中しなければと思った。





(戦が近くなって、四国平定に動き出して・・・・空白の記憶も良い方に動いてくれよ。もどかしい。)